文字起こしの基本 「書き言葉」と「話し言葉」の違いを知る
日本語の特徴の1つに「書き言葉と話し言葉が異なる」という点があります。他の言語にも同様の傾向はありますが、日本語の場合は顕著で、「話し言葉のまま書く」「書き言葉のとおり話す」と、うまく伝わらないという問題が起こってきます。
目次
1. 文字起こしの印象が変わる「書き言葉」と「話し言葉」
「〇〇候(そうろう)〇〇申上候(もうしあげそうろう)〇〇〇御座候(ござそうろう)」
江戸時代以前の候文(そうろうぶん)を読むと、およそ話し言葉とはかけ離れています(平安時代には話し言葉として使われていた記録もあるそうですが)。明治になって言文一致運動が起こり、ようやく口語体で平易な文章を書くようになりましたが、それでも日常交わしている言葉とは、まだ開きがあります。
現代でも、書かれた文章を読み上げると、どんなに感情を込めても(候文ほどではないものの)どこかかしこまって聞こえるはず。反対に話し言葉のまま文字に起こすと、たとえ重複や無機能語を取り除いても、よく言えばリアル(現実的)、悪く言うと軽い印象になります。その理由はどこにあるのか、考察してみましょう。
なお、このコラムで筆者は、実際に口から発せられる言葉を「話し言葉」、それを文章として書き表したものを「書き言葉」と呼んでいます。
2. 文字起こしの「話し言葉」には制約と限界がある
「書き言葉」と「話し言葉」が異なる原因として、まず「省略」があります。
日本語の会話は、主語や目的語の省略が非常に多く、その欠けた部分を専らイントネーションで補っています。そのため、発言を逐一文字に起こしただけでは、ほとんど意味が通じません。例えば、髪を切った友人にばったり遭遇し、「切ったの?」と尋ねたとします。これをルールに従って文字起こしをすると、こうなります。
「切ったの。(注・文字起こしの原則で「?」マークは使えない)」
これでは、当人同士ではコミュニケーションが成立しても、第三者には何のことだかさっぱり分かりません。「誰が何を切ったのか」が一切不明だからです。そこで、文書記録に残す場合には、「切ったの〈ですか〉」や「(髪を)切ったの」という具合に、発音されていない言葉を補う手法が使われたりします。
英語なら、発するせりふ自体が「Did You get your hair cut?(あなたはあなたの髪を切ってもらいましたか)」と、文章としてもちゃんと意味が通るものになりますが、日本人から見れば回りくどくて、むしろ慇懃(いんぎん)無礼に感じるのではないでしょうか。
話し手の口調やイントネーションまで、文字で再現することはできません。残念ながら、文字起こしにはどうしても制約と限界があるのです。
3. 文字起こし反訳者のセンスが問われる倒置の修正
「書き言葉」と「話し言葉」が異なるもう1つの原因は、「倒置表現」です。
日本語の正しい構文では、結論に当たる述語が文章の最後に来ます。ところが、現実に交わされる会話では、むしろ述語を先に述べることが多くあります。そうしないと、言いたいことが相手に伝わりにくいからです。
「暑かったね、朝から、今日は」
「飲み過ぎちゃったよ、冷たいものを、麦茶とか」
現実の会話はこんな感じですが、これを正しい構文に直すと
「今日は朝から暑かったね」
「麦茶とか冷たいものを飲み過ぎちゃったよ」
内容は同じでも、受ける印象が違うのではないでしょうか。
倒置をきっちり直せば、文章が整然とし、読みやすくはなりますが、現実味が薄れ、話し手が最も伝えたい「暑かった」「飲み過ぎた」のインパクトも弱まります。逆に、倒置を全く直さないと、音声に忠実な記録であっても、やや軽薄な感のある文章になります。
以前のコラム「こなれた整文反訳とは 文字起こしは誰のため?」でも一度触れましたが、文字起こしをする際、倒置をどこまで直すかは、依頼主の要望と反訳者のセンスにかかってきます。
4. 文字起こし原稿に「書き言葉」と「話し言葉」を混在させない
「書き言葉」と「話し言葉」が異なる3つ目の理由は、「崩れた音」です。
上記の例の「飲み過ぎちゃった」は「話し言葉」であり、書き言葉に直すと「飲み過ぎてしまった」となります。
改めて、以下に「崩れた音」の代表例を挙げてみました。
話し言葉 / 書き言葉
~じゃ → ~では
~しなきゃ → ~しなければ
~しなけりゃ
~しちゃ → ~しては
~しとる → ~しておる
あんまり → あまり
いろんな → いろいろな
けど・けれど → けれども
~って → ~と
とっても → とても
やっぱり → やはり
よっぽど → よほど
現在は逐語反訳が主流なので、音声に従って左列の「話し言葉」どおり文字に起こしますが、右列の「書き言葉」への修正を求められることもあります。さらにランクが上がって、「ちょっと」→「少し」、「すごく」→「大変」、「ちゃんと」→「きちんと」といった「言い直し」を求められることもあります。
文字起こしを行う反訳者が注意すべきは、1つの原稿の中に「書き言葉」「話し言葉」を混在させないことです。前半は堅苦しく、後半は砕けた感じの原稿では、バランスの悪い仕上がりになってしまいます。双方の特徴を理解した上で、依頼主が求めるもの(音声に忠実な臨場感、文章としての理路整然さ等々)に応じて、どちらかに寄せた統一感のある原稿を作成しなければなりません。
「話し言葉」と「書き言葉」の違いについては、下記のコラムもご一読ください。