こなれた整文反訳とは 文字起こしは誰のため?
文字起こしは正確さが大前提ですが、反訳者の自己満足になってしまっては無意味です。音声に対する忠実さ、読みやすさなど、何を重視するかは依頼主が決めるもの。話し手の癖や文法の誤りをどこまで正すかも含め、バランス感覚が重要です。
目次
1. 反訳者は顧客本位の「良き不動産開発業者」たれ
音声を聞こえるままの文字列で置き換える逐語反訳を「手つかずの大自然」に例えるなら、徹底した整文を施した文字起こしの原稿は、きっちり区画整理されて高層ビルが立ち並ぶ「大都会」というべきものになります。
両者の間は、壁やフェンスで明確に区切られているわけではありません。里山、草原、民家の点在する田園地帯、郊外の住宅地などが連続して広がっています。そして、文字起こしを依頼されるお客様には、それぞれご希望の土地があります。言うなれば反訳者は、そのリクエストに従って適当な物件を紹介していくわけです。
ある人は「家の周囲に自然が残っていてほしい」と言い、またある人は「道路は完全舗装、ライフラインも完備」と希望します。そうした要求に応える「開発行為」こそ、文字起こしにおける修文・整文に当たります。
多くのお客様は、「自然すぎず、都会すぎず」の、まずまず便利な地方都市レベルをお望みです。このため、反訳者は文字起こしをするときに、雑草や立ち木を刈り、石ころを摘み、水道・電気なども通し、「住みやすい環境」を整備しなければいけません。
2. 依頼主は「自然派」? それとも「都会派」?
一般的な発言を忠実に文字化すれば、大体こんな感じになります。
「あのー、私はですね、去年の夏にですね、生まれて初めて、ほらあれ、うーんと、富士山に登ったんですよ」
何も省かず、そのまま逐一文字化するのが、まさに「手つかずの大自然」に相当します。
とはいえ、「あのー」「ですね」「ほらあれ」「うーんと」などは、雑草や石ころのようなもの。生活する(記録を読む)上で邪魔な存在になります。これらを取り除いてあげるのが、よい開発業者といえるでしょう。
上の発話を「大都会」バージョンに直すと、以下のようになります。
「私は去年の夏に、生まれて初めて富士山に登ったのです」
どちらも「音声の文字化」であり、伝える内容も全く同じなのですが、受ける印象がまるで違うことがお分かりいただけるでしょう。前者は砕けた感じで、後者には一種の「堅さ」のようなものが備わってきます。どちら寄りに仕上げるかは、依頼主の要求次第ですが、大抵の依頼主はその中間を望んでいるようです。
「私は去年の夏に、生まれて初めて富士山に登ったんですよ」
いかがでしょうか。特に依頼主からの要望がない限りは、「自然(砕け)すぎず、都会(堅苦し)すぎず」、内容は損なわずに「口調や雰囲気をある程度再現」するのが、反訳者の腕の見せどころです。
さて、「途中の『ですね』はカットしているのに、語尾の『ですよ』は『です』としないの?」と思われるかもしれません。ここは反訳者によって見解が分かれるところですが、私自身は、この「よ」1文字で、語り手の全体の口調がうまく再現できると考えます。ですので、この例に限らず、語尾はなるべくいじらないように心がけています。あくまで参考までに。
3. 口語体にするか文語体にするか
日本語は実に独特で、主に口語体と文語体という2種類の表記法を持っています。平安時代の漢文調に始まり、江戸時代の候(そうろう)文という具合に、日常会話で交わされる言葉(口語)と書き物に使用される言葉(文語)が違うのです。明治時代になって、二葉亭四迷や尾崎紅葉らが言文一致に取り組み、ふだん使用する言葉で文章を書くように変わりましたが、それでも本当の意味での言文一致ではありません。
上記の例でいえば、「登ったのです」は文語体で、「登ったんですよ」は口語体になります(まれに、ふだんの会話でも文語調でしゃべる方がいますが)。発話の口調・雰囲気を残すには、適度に口語体を用いるのが効果的です。ただし、使い過ぎると、やはり読みにくい文章になってしまいます。仮に音がそう聞こえても、「登ったんすよ」と文字化してしまうと、(表記が一般化していないため)すらっとは読めず、また、読み手に軽薄な印象を与えてしまいます。ここでも、当サイトのコラム「誤読を避ける文字起こしのやり方」で述べた「バランス感覚」が重要になってきます。
4. 文法上の誤りはどうしたものか
いずれは許容されるようになるかもしれませんが、現時点では、「い抜き」「ら抜き」言葉は修正するのが文字起こしの原則になっています。
「~してる」 →「~している」
「寝れる」 →「寝られる」
ほかにも、文語体と口語体の表記法が異なる語句はたくさんあります。例えば……
「じゃ・じゃあ」 →「では」
「~しなきゃ・しなけりゃ」→「~しなければ」
「~しなくちゃ」 →「~しなくては」
「~しちゃう」 →「~してしまう」
「やっぱり」 →「やはり」
「よっぽど」 →「よほど」
「いろんな」 →「いろいろな」
「あんまり」 →「あまり」
これらのうち、どの口語表現が許されるかはお客様によってまちまちなので、初めての依頼主でなければ、過去の見本に倣うのがよいでしょう。
最後に、繰り返し述べますが、依頼主によって求める「生活環境(大自然寄りか、大都会寄りか)」が違うので、ご要望をよく理解し、それに応じた反訳文を作成したいものです。