2021年08月20日

正確な文字起こしのために 知っておきたい日本語知識(その1)

プロの反訳者を目指す方ならもちろん、社内で議事録などの文字起こしを受け持っている方、反訳作業を外部委託・検品する窓口担当の方、単に「文字起こし」に興味を持たれた方まで、日本語の知識を増やすことは必ずやプラスになるでしょう。

 

日本語の知識を増やすことは文字起こしにプラスになる

 

 

目次

1. 文字起こしの反訳者には推理力も求められる

以前の記事(言い間違いをどこまで直す? 正確な文字起こしであるために)でも触れましたが、反訳者を苦悩・悶絶させるのが、「発言者がはっきりと間違った日本語を話している」場合です。

「令和」を「平成」と言い間違える単純なミスなら、ちゅうちょなく文字起こしの段階で正しく訂正します。もう少し拡大して、「う覚え」「的をる」なども「う覚え」「的をる」と直して差し支えありません。あるいは、漢字の読み間違い─「相殺」を「そうさつ」、「破綻」を「はじょう」、「代替」を「だいがえ」、「凡用」を「ぼんよう」と発言した場合も、正しく読んだこととして文字に起こします(正解は、それぞれ「そうさい」「はたん」「だいたい」「はんよう」)。

発言の途中で、文脈からは想像もつかない奇妙な言葉がいきなり飛び出してきたときは、漢字の読み間違いの可能性大です。ただし、そこで注意しなければならないのは、誤った読み方のままではワープロソフトで変換できない場合があることです。そうなると、どんなに変換候補を呼び出しても、永遠に正解にはたどり着けません。何をどう読み間違えているのか、反訳者の側で勘と推理を働かせる必要があります。

 

文字起こしには推理力も求められる

 

 

2.「音に釣られる文字起こし」 変換ミスの代表例

では、一体どこまで訂正が許されるのでしょうか。言い換えれば、反訳者の裁量が及ぶ範囲はどこまでなのでしょうか。

ここで問題を出しますので、ぜひチャレンジしてみてください。

 

「一同に会する」

「一役を担う」

 

上の文章には誤字が含まれています。正しい漢字に直しましょう。

わかりましたか。正解は、

 

「一に会する」

「一を担う」

 

です。

どちらも文字起こしの初心者が犯しがちな代表的ミスで、音声に釣られると、こうした失敗をやらかしてしまいます(「いちよく」は「いちやく」とも聞こえる)。「一堂に会する」は、パソコンで一文ごと変換すれば正しい漢字が出てきますが、「いちどうに/かいする」と分けて入力すると、誤変換になってしまうおそれがあるので要注意です。

 

 

3. 反訳者の裁量が及ぶ文字起こしの範囲とは

上記の2例は、反訳者が日本語の知識を持っていれば防げるもの。逆に言うと、知識がないゆえに犯してしまうミスなのですが、厄介なのは、依頼主から録音音声だけでなく文字起こし用の参考資料を渡され、そこに誤字があった場合です。しかも、「原稿のとおり文字起こしをしてください」と注文があったら、つまり「相手が自信を持って間違えて」いたら、どう処理すればよいでしょうか。

「注文されたのだから誤字のままでやむを得ない」「注文であっても明らかな誤字は訂正すべきだ」――と、反訳者によって見解が分かれるところですが、筆者は後者の立場を取っています。誤字は、やはり原稿の質を低下させますし、何より発言者の信用性を傷つけかねません。それは決して依頼主の望むところではないでしょう。「資料のとおり文字起こししてください」の注文は、言外に(でも明らかな誤字は直してね)という意味合いを含んでいるものと解釈します。同様に、資料の中に脱字があれば適宜補うようにしています。

ただし、当コラムで繰り返し述べているとおり、やり過ぎは厳禁。あくまで「明らかなミス」と確信を持てるものだけに限ります。どちらとも断言できないときは、誤字脱字のおそれはあっても、注文どおり文字起こしをするよう心がけています。

 

反訳者の裁量が及ぶ文字起こしの範囲とは

 

 

4. 文字起こしのツボ 反訳者は「多数派」に敏感であれ

今度は、漢字の読み問題を1つ。この字は何と読むでしょう。ヒントは「植物」です。

 

山茶花

 

正解は「さざんか」(反訳者必携の「用字例」(公益社団法人 日本速記協会発行「標準用字用例辞典」では「サザンカ」)。でも、ちょっと待ってください。漢字のとおり音読みすると「さん・ざ・か」になるのでは? なぜ特殊な読み方をするのでしょうか。

実は、あの赤い花の名前は、もともとは「さんざか」といいました。そのため、「山茶花」の漢字が当てられたのですが、いつの間にか音が「さざんか」に変化し、誤ったまま定着してしまったのです。

このように、月日を経るうちに間違った読みや用例が社会に浸透してしまうことがあります。言語によるコミュニケーションは人々の「共通認識」の上に成り立っていますから、間違って覚えている人が多数派になると、今度はそちらのほうが「正解」になってしまいます。こうした「多数決現象」は今も起こっています。

「おもむろに」は漢字で「徐に」と書きます。「徐行」の熟語からもわかるとおり、本来は「ゆっくりと」の意味ですが、現在はテレビをはじめ多くの媒体で「急に・急いで」の意味で用いられています。明らかに誤用なのですが、社会にすっかり定着しつつあるので、早晩そちらが「正解」となり、もともとの「ゆっくりと」の意味は失われてしまうでしょう。

そうした一種の「過渡期」にある言葉には、いつも悩まされます。言葉の本来の意味や使い方からすれば明らかに間違っていても、社会的に許容されつつあり、絶対の確信を持って訂正できない場合です。そのときは、文字起こしの原点に立ち返り、音声どおり反訳・文字化するしかありません。最終決定は依頼者の判断に委ねることになります。

 

次回のコラムでも幾つか国語に関する問題を出題しようと思いますので、お楽しみに。

 

反訳者は「多数派」に敏感であれ

 

反訳者の裁量が及ぶ文字起こしの範囲については、下記のコラムもご一読ください。