プロが語る文字起こしの基本 原稿の〈見た目〉にも気を配ろう
文字起こしの基本ルール解説、今回は〈見た目〉についてお話しします。もちろん一番大事なのは「音声が正しく文字化されているか」ですが、高品質の原稿には「整った体裁」が求められます。原稿の体裁には、依頼主ごとに指定があります。
目次
1. 文字起こし原稿の仕上がり度合を左右する〈見た目〉
折り込み広告の裏にメモをするならともかく、正式な文書には必ず一定の〈書式〉というものがあります。反訳原稿を作成する際には、ワードなどのワープロソフトを使用しますが、最初にきちんと〈書式〉を指定してもらい、納品する原稿の仕様を明確にしておく必要があります。
この指定が多岐にわたっていて、文字数、行数、文字間、行間、フォント、文字のサイズ、ページ下(あるいは上)にノンブル(ページ番号)を振るのか振らないのか……これらの仕様は依頼主ごとに細かく決められています。プロの反訳者は、その仕様に沿って原稿を仕上げていきます。
もしそれを守らなかったら、当サイトのコラム「文字起こしのブレを防ぐ ”用事例は座右”が基本」でも触れたように、複数人で文字起こしをする場合など、体裁がガタガタになってしまいます。ここでもやはり「原稿の統一性」が重要になってきます。
2. 同じ依頼主への反訳原稿は同じ仕様で
単発的な会議や講演の文字起こしでは、A3用紙/明朝体/10.5ポイント……といった定型的な仕様になることが一般的です。文字起こしを請け負う業者が、それぞれの「標準仕様」を決めているようです。特に細かい指定がないものを、反訳者業界では「ベタ打ち」などと呼んでいます。
業者の多くは、特定の依頼主から継続的に文字起こしを請け負っています(定例の会議や定期の講演会など)。そのため、その依頼主あるいは会議、講演会ごとに、毎回全く同じ仕様で原稿を作成していきます。
会議のたびに原稿の体裁がばらばらであっては、格好が悪く、とてもプロの仕事とは言えません。そのため、新規の依頼を除けば、文字起こし作業には〈過去の見本〉が必要になります。その見本を手がかりに、毎回同じ体裁の原稿を作っていくことになります。
3. 文字起こしのプロは音声にも仕様にも忠実に対応する
一般企業における定例の会議などは、機密保持上の理由もあり、社内で担当社員が文字起こしをすることが多いようです。一方、官公庁や地方自治体では、経費節減に伴う人員削減を受けて、会議記録の文字起こしを外部委託(アウトソーシング)しているところが少なくありません。これには一定の需要があるため、プロ反訳者の多くは、そうした官公庁・自治体の会議録作成も請け負っています。
当サイトのコラム「反訳とは テープ起こし・文字起こしや音声認識と何が違う?」でもご紹介したように、かつては、速記の資格を有する速記者が現場に赴き、手で書き取った速記録を文字に起こして会議録を作成していましたが、機器の発達に伴い、徐々に録音反訳に移行してきました。そのため、速記の資格を持たない人でも、録音された音声から文字起こしを行えるようになりました。ただし、官公庁や地方自治体の会議記録は、細部に至るまで仕様が決められており、プロの反訳者は忠実な対応を求められます。
ちなみに、地方自治体の議会は、年に4回(3月・6月・9月・12月)の定例会と、必要に応じて臨時会が開催されます。日本中の自治体が同じ時期に会議を開くので、プロ反訳者の多くはこの定例会のシーズンに猛烈に忙しくなります。
4. AIによる音声認識で代替するのはまだ難しい領域も
官公庁や地方自治体の会議記録で細かく決められている仕様とは、文字数、行数、フォントに始まり、
・会議のタイトル
・出席者の名簿
・各議事の見出しのつけ方
・発言者の表示の仕方
・開始・終了時刻や途中休憩の表示の仕方
・特殊な字遣い
などなど、多岐にわたります。官公庁の世界では特に「先例主義(行政の継続性)」が重んじられているので、まさに毎回そっくり同じ体裁の会議録を作成していくことになります。
〈過去見本〉に体裁をそろえるのは手の込んだ作業になる半面、分かりやすい部分もあります。反訳の仕方に困ったときは〈過去見本〉に当たり、前例と同じように処理すればいいということになります。ただし、天変地異など前例のない事態に官公庁が対処しなければならない場合の会議録には、反訳の仕様も前例を適用できない場合があるため、担当者に処理の仕方を問い合わせながら作業を進めなければなりません。それはそれで手の込んだ人力での作業であり、音声認識で文字列を自動生成できるようなAIでも代替はまだ難しそうです。
5. 原稿の完成度を高めるためにプロ反訳者は〈体裁〉にも注意を払う
もし愛読している小説や漫画のシリーズが巻ごとにサイズやタイトルロゴが変わっていたら、読者は混乱してしまうでしょう。それと同じで、やはり同一の会議・講演記録は、同じ体裁にそろっていないと読みづらくなってしまうものです。決められた仕様の通りに体裁が揃えられていれば、単に見た目の美しさだけでなく、「品質の安定」を保証することにつながります。「毎回、同じレベルの原稿を作れる」という証明になるからです。
反訳者にとって文字起こし原稿は一つの〈作品〉といえます。「音声の文字化」にとどまらず、「作品としての完成度」にも注意を払えるのがプロの反訳者です。