2020年09月25日

こなれた整文反訳とは 文字起こしは誰のため?

文字起こしは正確さが大前提ですが、反訳者の自己満足になってしまっては無意味です。音声に対する忠実さ、読みやすさなど、何を重視するかは依頼主が決めるもの。話し手の癖や文法の誤りをどこまで正すかも含め、バランス感覚が重要です。

 

文字起こしは誰のため?

 

目次

1. 反訳者は顧客本位の「良き不動産開発業者」たれ

音声を聞こえるままの文字列で置き換える逐語反訳を「手つかずの大自然」に例えるなら、徹底した整文を施した文字起こしの原稿は、きっちり区画整理されて高層ビルが立ち並ぶ「大都会」というべきものになります。

 

両者の間は、壁やフェンスで明確に区切られているわけではありません。里山、草原、民家の点在する田園地帯、郊外の住宅地などが連続して広がっています。そして、文字起こしを依頼されるお客様には、それぞれご希望の土地があります。言うなれば反訳者は、そのリクエストに従って適当な物件を紹介していくわけです。

 

ある人は「家の周囲に自然が残っていてほしい」と言い、またある人は「道路は完全舗装、ライフラインも完備」と希望します。そうした要求に応える「開発行為」こそ、文字起こしにおける修文・整文に当たります。

 

多くのお客様は、「自然すぎず、都会すぎず」の、まずまず便利な地方都市レベルをお望みです。このため、反訳者は文字起こしをするときに、雑草や立ち木を刈り、石ころを摘み、水道・電気なども通し、「住みやすい環境」を整備しなければいけません。

 

反訳者は顧客本位の「良き不動産開発業者」たれ

 

2. 依頼主は「自然派」? それとも「都会派」?

一般的な発言を忠実に文字化すれば、大体こんな感じになります。

 

あのー、私はですね、去年の夏にですね、生まれて初めて、ほらあれ、うーんと、富士山に登ったです

 

何も省かず、そのまま逐一文字化するのが、まさに「手つかずの大自然」に相当します。

とはいえ、「あのー」「ですね」「ほらあれ」「うーんと」などは、雑草や石ころのようなもの。生活する(記録を読む)上で邪魔な存在になります。これらを取り除いてあげるのが、よい開発業者といえるでしょう。

 

上の発話を「大都会」バージョンに直すと、以下のようになります。

 

「私は去年の夏に、生まれて初めて富士山に登ったのです」

 

どちらも「音声の文字化」であり、伝える内容も全く同じなのですが、受ける印象がまるで違うことがお分かりいただけるでしょう。前者は砕けた感じで、後者には一種の「堅さ」のようなものが備わってきます。どちら寄りに仕上げるかは、依頼主の要求次第ですが、大抵の依頼主はその中間を望んでいるようです。

 

「私は去年の夏に、生まれて初めて富士山に登ったです

 

いかがでしょうか。特に依頼主からの要望がない限りは、「自然(砕け)すぎず、都会(堅苦し)すぎず」、内容は損なわずに「口調や雰囲気をある程度再現」するのが、反訳者の腕の見せどころです。

 

さて、「途中の『ですね』はカットしているのに、語尾の『です』は『です』としないの?」と思われるかもしれません。ここは反訳者によって見解が分かれるところですが、私自身は、この「」1文字で、語り手の全体の口調がうまく再現できると考えます。ですので、この例に限らず、語尾はなるべくいじらないように心がけています。あくまで参考までに。

 

反訳の依頼主は自然派?それとも都会派?

 

3. 口語体にするか文語体にするか

日本語は実に独特で、主に口語体と文語体という2種類の表記法を持っています。平安時代の漢文調に始まり、江戸時代の候(そうろう)文という具合に、日常会話で交わされる言葉(口語)と書き物に使用される言葉(文語)が違うのです。明治時代になって、二葉亭四迷や尾崎紅葉らが言文一致に取り組み、ふだん使用する言葉で文章を書くように変わりましたが、それでも本当の意味での言文一致ではありません。

 

上記の例でいえば、「登ったのです」は文語体で、「登ったです」は口語体になります(まれに、ふだんの会話でも文語調でしゃべる方がいますが)。発話の口調・雰囲気を残すには、適度に口語体を用いるのが効果的です。ただし、使い過ぎると、やはり読みにくい文章になってしまいます。仮に音がそう聞こえても、「登った」と文字化してしまうと、(表記が一般化していないため)すらっとは読めず、また、読み手に軽薄な印象を与えてしまいます。ここでも、当サイトのコラム「誤読を避ける文字起こしのやり方」で述べた「バランス感覚」が重要になってきます。

 

文字起こしを口語体にするか文語体にするか

 

4. 文法上の誤りはどうしたものか

いずれは許容されるようになるかもしれませんが、現時点では、「い抜き」「ら抜き」言葉は修正するのが文字起こしの原則になっています。

 

「~してる」       →「~している」

「寝れる」        →「寝られる」

 

ほかにも、文語体と口語体の表記法が異なる語句はたくさんあります。例えば……

 

「じゃ・じゃあ」     →「では」

「~しなきゃ・しなけりゃ」→「~しなければ」

「~しなくちゃ」     →「~しなくては」

「~しちゃう」      →「~してしまう」

「やっぱり」       →「やはり」

「よっぽど」       →「よほど」

「いろんな」       →「いろいろな」

「あんまり」       →「あまり」

 

これらのうち、どの口語表現が許されるかはお客様によってまちまちなので、初めての依頼主でなければ、過去の見本に倣うのがよいでしょう。

 

最後に、繰り返し述べますが、依頼主によって求める「生活環境(大自然寄りか、大都会寄りか)」が違うので、ご要望をよく理解し、それに応じた反訳文を作成したいものです。