文字起こしのコツ 反訳原稿の質を上げるために避けて通れない作業は?
文字起こし作業が終了し、やっと一息……でも、まだ終わりではありません。最後に待ち受けている作業が〈見直し〉です。「推敲なくして名文なし」。〈見直し〉なしに原稿の完成はあり得ない。どれほど面倒でも原稿を見直す必要があります。
目次
1. ベテラン反訳者でも第一稿はミスだらけ
前回のコラム「文字起こしのコツ 一度に聴き取る音声の長さはどれくらい?」の続きです。
さて、とにもかくにも録音音声を全部聴き終わり、どうにかこうにか文字に起こしました。あなたが初心者なら、多分疲れ切って、へとへとになっていることでしょう。
でも、まだ完成ではありません。これから詰めの作業に入らなければなりません。この詰めの作業こそ、反訳・文字起こしの最後に待ち受けるクライマックスです。
それは〈見直し〉。原稿を初めから、きちんと音声どおりに文字化されているか、もう一度音を聴きながら目でなぞっていくのです。
これを怠ると、質の悪い原稿しか作成できません。実はベテランの反訳者であっても、〈見直し〉前の第一稿はミスだらけなのが実態です。
2. 正確に文字起こししたつもりでも……
ベテラン反訳者は、大体10字前後の文字数ごとに文字起こしをしていきます。その積み重なった集合体が1冊の反訳原稿となるわけですが、一つひとつの部分がどんなに正しくても、全体を通して統一が取れているかどうかは、また別問題。数時間に及ぶ作業の間には当然、反訳者自身の集中力、心境、体調に波が生じ、そうしたバイオリズムの変化が文字起こしに微妙に影響してきます。
句読点や改行のリズムが前半と後半で違っているなんて日常茶飯事。また、入力作業中は頑張っても聴き取れなかった言葉が、全体を流して聴くとあっさり聞き取れたり、前半では意味不明だった語句が後半で詳細に説明されていたりなど、ベテラン反訳者なら誰でも一度は経験したことがあるはずです。
3. 反訳者泣かせの「結論を言わない」日本語の特性
ここでちょっと、中学・高校時代に教わったはずの英語の文法を思い出してみましょう。あのS.V.O.というやつです。
欧米の言語多くは、主語の後にすぐ述語が来ます。述語とは、つまり「結論」に当たる部分です。細かい説明より先に、まず賛成/反対、肯定/否定といった結論を述べるスタイルになっています。
対する日本語の文法には、述語(結論)が最後に来るという特性があります。言い換えれば、「最後まで聞かない(読まない)と分からない」のが日本語による文章なのです。
場合によっては、おしまいまできちんと述べず、「あとは察してください」とばかりに結論を言わないことさえあります(これが「日本人は何を考えているか分からない」と批判される一因となっています)。
これは反訳作業でも同じです。全体を聴いて初めて話者の言わんとすることが理解できた、なんていうことがしばしばあります。だからこそ、最後の〈見直し〉が重要になってくるのです。
4. 反訳者ではなく〈編集者〉の目で文字起こしをチェックする
〈見直し〉するポイントは幾つかあります。
まずは表記の統一。文字起こしの作業中は、どうしても音を聴くことに集中しているため、うっかり用字例を忘れてしまいがち。きちんと表記のルールが守られているかを、〈見直し〉の段階で再チェックする必要があります。
次に、句読点や改行などの体裁も確認しなければなりません。そうした文章のリズムが前・後半で大きく乱れていては、何とも格好の悪い原稿になってしまいます。
そして、前項で述べたように、全体を通して初めて話者の意図が理解できることがあります。それがつかめれば、例えば「ホショウ」という発音に対して「保証/保障/補償」のどの字を当てればいいかも分かり、誤字を防ぐことができます。
〈見直し〉をするときに大事なのは、一旦自分を離れて、第三者である〈編集者〉の視点で見ることです。人はなかなか自分の間違いには気づきにくいもの。反訳作業を行った自身の目で見ていては、結局は同じミスを見過ごすことなります。
5. 文字起こしの初心者も熟練者も習慣化したい〈見直し〉の作業
そうはいっても、「知っている内容」をもう一度見直すのは、ベテラン反訳者でも正直面倒くさい。しかも、あれだけ苦心惨憺して文字起こししたものから、自身の間違い(失敗)を探していくなんて……ほとほと嫌気が差す作業です。こればかりは、ルーチンワークとして習慣づけるしかなさそうです。
重ねて強調したいのは、〈見直し〉なくして良質の原稿を作ることはできないということです。もしどうしても自分から離れられず、客観的な〈編集者〉の視点を持てないようなら、いっそ「これは誰か他人が作成した原稿だ。あら探しをしてやる」くらいの気持ちで取り組むのがいいかもしれません。そのほうが健全な精神状態を保てそうです。
「全体は部分の総和より大きい」という警句があります。個々の部分がどんなに正確でも、一つにまとまったときにアンバランスでは、やはり失敗作になってしまいます。
〈見直し〉は、反訳原稿をブラッシュアップするのに必須。全体を〈見直す〉重要性を理解していただけましたでしょうか。