文字起こしのツボ 常体・敬体の違いと「てにをは」の処理
文字起こしや録音反訳という特殊な分野に興味を持つということは、文章を読んだり書いたりするのが好きな方ではないでしょうか。中には「仕事でやむを得ず」の方もいるかもしれませんが、日本語の知識を深めることは必ず役に立つはずです。
目次
1. 文字起こしの印象をがらっと変える語尾の2パターン
前回(文字起こしの基本 「書き言葉」と「話し言葉」の違いを知る)に引き続き、文章が読み手に与える印象を、さらに深掘り考察してみたいと思います。
日本語の文章には「だ・である調」(常体)と「です・ます調」(敬体)があります。文字起こしでも、依頼主によって、基本は逐語反訳でありながら、「語尾を『だ・である調』(あるいは『です・ます調』)にそろえる」と特別な依頼をされることがあります。そうした依頼に応えるには、文字起こしを行う反訳者が日本語の様々なパターンをしっかり理解していなければなりません。
「だ・である調」とは、文章の語尾を「~だ」「~である」とするもの。
「です・ます調」とは、文章の語尾を「~です」「~ます」とするもの。
前者は新聞・雑誌の記事や小説等で使用される最も一般的な表記方法で、後者は手紙やグループ内での会報など、主に近しい関係の中で用いられます。そのため、前者は読み手に堅い印象を、後者は柔らかいイメージを与えます。
「日本一高い山は富士山である」
「日本一高い山は富士山です」
並べてみると一目瞭然。書き手と読み手の間の「距離の違い」が感じられるでしょう。
2. 文字起こしで絶対に避けるべき「文体の混在」
「プロが語る文字起こしの基本 ”用事例は座右”で表記のブレを防ぐ」をはじめ、当コラムで繰り返し述べているように、文字起こしに限らず、「統一感」は良質な原稿の必要条件です。現在、文字起こしの主流は、発音どおりの逐語反訳なので、あまり迷うことはありませんが、特別な指示で「だ・である」「です・ます」のどちからにそろえるとなった場合、両方が混在するような事態は避けなければいけません。
例えば、全編を「だ・である」で統一する場合、発言者が「~です」と言ったものを「~である」に変えてしまう(実際の音声と違う)わけですから、くれぐれも注意が必要です。うっかり見落としがちなのは、「だ・である調」では動詞を原型にする部分(「思います」→「思う」)や、「ありません」を「ない」と、まるで違う言葉に言い換える部分です。これらが、統一感を損なう「混在」の要因となります。
このように、プロの反訳者〈文字起こし達人〉になるためには、ある言葉が「だ・である調」と「です・ます調」で、どう変化するかの知識も持っていなければなりません。また、質疑応答の質問部分は「だ・である調」で、回答部分は「です・ます調」でといった複雑な注文が来ることもあるので、そうした依頼に的確に対応するためにも、より深い国語力が求められます。
3. 瑣末(さまつ)でも重要な文字起こしのポイント
前回のコラムで、「日本語の会話には省略が多い」ことについて触れました。会話の中で、主語、目的語、ひどいときには結論に当たる述語まで省かれてしまうことさえあります。中でも最も頻繁に起こるのが「てにをは(助詞)」の省略です。
「私、やります」
「コーヒー下さい」
それぞれ、正しくは
「私(が)やります」
「コーヒー(を)下さい」
であり、括弧の部分が略されています。
逐語反訳では、音にない言葉はなるべく付け加えたくありません。やり過ぎると、存在しないものを「創作」することになってしまうからです。ですので、発音のまま文字化し、その代わり、省略を意味する「、」を利用したりします。上記の例では、「コーヒー下さい」でもつかえずに読めますが、「私やります」では(少なくとも筆者は)一瞬目が止まってしまうので、「、」を入れるようにしています。
4. 文字起こしの判断基準は「スムーズに読めるか」
どうしてもやむを得ない場合にのみ、「てにをは」を補うこともあります。「やむを得ない場合」の判断基準は、やはり「スムーズに読めるか」にかかっています。
「家出て真っすぐ行ったところです」
という文章は、ぱっと見では「家出」と誤読されるおそれがあります。
かといって、「家、出て真っすぐ行ったところ」では読点がしっくりこないので、
「家を出て真っすぐ行ったところ」
と「を」を1語だけ補います。
言葉を補う際に気をつけなければいけないのは、必要最低限にすることと、「私がやります」と「私はやります」のように、補う助詞によって意味合いが変わってしまう点です。同様に、「~へ行く」「~に行く」なども、微妙なトーンの違いがあり、文字起こしに限らず、どんな文章を書く際にも気を配ることが必要です。
明らかに言い間違いの「てにをは」を文字起こしの段階で訂正することもありますが、どの助詞が適切かは、発言者の口調や前後の文脈から判断するしかありません。こうした知識とテクニックは、反訳者のみならず、文字起こしを依頼し、出来上がりをチェックする担当者の方にとっても有益なものではないでしょうか。